| 文化財 | 詳細 |
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昌栄初等学校校舎
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昌栄初等学校は1907年、完全な韓国資本で設立された仁川の公立初等学校である。一の字型の単純な配置で壁の上段は御影石を使用してアーチ型を成し、玄関は迫石を用いた初期近世風様式の建物である。 |
仁川基督教社会福祉館
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19世紀末にアメリカ監理教会の宣教師達の宿所として建てられたものの内、現存している建物である。この一帯を宣教の基地とすべく尽力した監理教のジョーンズ(Geouge Heber Jones)宣教師が1892年に仁川へ赴任し、翌年1983年に土地を購入、1894年までに3棟の建物を建築した。 |
花島鎮址
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花島鎮は朝鮮時代末、頻繁に現れる欧米各国の外国艦船を監視するため萬石、花水洞の境界にある花島峠の麓に設置された軍営である。 |
松現配水池制水弁室
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仁川は元々井戸が少なく、加えて水質も良くなかったため、開港以降、人口・船舶が増加するにつれて水の確保が最大の課題となった。また、10世紀の初めの全国的な伝染病の流行が契機となり、仁川居留の日本人を中心に上水道の建設計画が本格化した。 |
英花初等学校本館棟
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宣教を目的とした新式教育のために設立された英花学校の現校舎は1909年、牛角峴に1,226坪の敷地を購入し、1910年3月30日に竣工、1911年9月14日に延べ面積212坪の3階建て校舎が完工した。 丘の上に校舎、その南側に運動場を配置しており、当時としては珍しく校舎の上の階から周囲を見渡す眺望を備えたものであったと思われる。 増築された部分を除いては原型がそのまま保存されており、平均227×109×59の大きさの在来式レンガを用いたレンガ造りの建物である。レンガの積み上げには角や端に半切を使用せず、七五サイズを使用して積み上げた後、仕上げを行うオランダ式を採用している。 |
仁川海関文書
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仁川海関(現在の仁川税関)は1883年6月16日に創設され、当時の清国の影響を受けながら海関制度を導入し、初代海関長にはイギリス人のストリングプリングが、2代目海関長としてシェニーケ(漢字名:史納機)が就任した。 この文書は2代目海関長シェニーケの在任中、現在の中区一帯に各国の租界地が造成された事と関連して仁川海関から仁川管理署(現在の仁川広域市庁)へ送られた公文書の一部と推測され、直筆の署名、年月日、文書番号などが明らかな珍しい資料である。 |
















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